鬼滅の刃と仏教の関連性。時透無一郎の言葉や魚壺との戦いから考察してみた!

こんにちは、hiroyukiです。

今回は『鬼滅の刃』と仏教の教えとの関連性について…深いです

霞柱・時透無一郎の言葉と
上弦の伍・魚壺との戦いから
考察をしてみました!

Here we go !

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鬼滅の刃・時透無一郎とは?

時透無一郎(ときとう むいちろう)

14歳の天才剣士

兄・有一郎と共に鬼に襲われ、兄を
失うことで記憶喪失になる。

鬼への復讐心から剣の才能に目覚め、
刀を持って二か月で柱になる。

しかし、記憶障害からか常に虚ろであり
他人に関心を持たず、不安定な面を持つ。

鬼滅の刃と仏教。

仏教とは、煩悩を克服し「悟り」を目指す道で
あり、お釈迦様こそが現世でその境地にたどり着い
た唯一の存在とされています。

鬼滅の刃の鬼=煩悩という設定

『鬼滅の刃』は煩悩をにまみれた鬼達を倒すことが
我欲を克服する修行の道として描かれている。

主人公の炭治郎は鬼化した妹(禰豆子)を抱えて旅を進める=人間が煩悩を抱えて人生を生きる
つまり、煩悩=鬼を克服し「悟り」を目指す。
そんなストーリーとして描かれています。

仏教の用語『諸行無常』

「ものごとは常に変化していて虚ろいでいる」という意味

『鬼滅の刃』のラスボスである鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)が一番嫌いなものは『変化』

諸行無常を否定する無惨

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魚壺(上弦の伍)との闘い

前項の解説から上弦の伍・魚壺を無一郎が
克服すべき煩悩であるという設定で解説してみます。

魚壺の特異性は強さよりも能力です。
特に芸術への才能は無惨が魚壺が作る
壺を評価していたことからも伺えます。

芸術における才能を悪い方向に使って
しまったという最たる例という存在では
ないでしょうか?

どんなに煌めくような才能を持って
この世に生まれてきたとしても
考え方が悪く、その才能を我欲を
満たすためだけに使ってしまっては
極楽にはいけないのです。

無一郎も剣の才能を持ち合わせて生まれました。
しかし、兄・有一郎を鬼に殺されたショックで
記憶を失い、その才能を人を生かすことに
上手く使えていません。小鉄くんの態度が
それを証明しています。

…完全に嫌われています。

そう、心を上手く使えていない。自分が何者か?
何を為すべきなのか?に迷っているのです。

そこで表れた我欲にまみれた存在・魚壺の
言動にイライラする無一郎。。

自身が克服すべき存在と対峙しているのです。

時透無一郎の言葉

御屋形様・産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)
から言われた言葉を確信した発言です。

『確固たる自分があれば、両の足を力いっぱい踏ん張れる。自分が何者なのか分かれば、迷いも戸惑いも尚早も消え失せ、振り下ろされる刃から逃れられる鬼はいない』

この言葉を聞いた時、筆者は震えました。
兄・有一郎の言葉を思い出し、まさに
自分が何者かを悟った瞬間でした。

自分とは何者か?=「悟り」こそが仏教
であるとされています。

最後に兄・有一郎の言葉を紹介します。

「わかっていたんだ本当は……無一郎の無は……”無限なんだ」

この言葉を思い出すことにより

無一郎は…覚醒=悟ります。

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まとめ

今回は『鬼滅の刃』の裏に隠された
ストーリーを紹介してみました。

なぜ無一郎が魚壺との戦いにおいて
覚醒することができたのか?

また仏教の深みに触れるきっかに
なりましたら幸いです。

今回の記事を書くにあたりまして、
参考にさせていただいた文献はこちらになります。

『鬼滅の刃』で学ぶ はじめての仏教↓↓
https://www.amazon.co.jp/%E3%80%8E%E9%AC%BC%E6%BB%85%E3%81%AE%E5%88%83%E3%80%8F%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6-%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E4%BB%8F%E6%95%99-%E6%9D%BE%EF%A8%91-%E6%99%BA%E6%B5%B7/dp/4569849350

筆者も最近ひょんなことから仏教について
学ぶ機会がありまして出会いました。

気になる方は手にしてみてください♫

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